癌研有明病院 岩瀬拓士先生【後篇】女性医師たちの現場では何が起きているのか?これからの課題とは?

長瀬)

健診は時間の制約が少ないので女性の医師、特にお子さんがいても働けます。私どももそういう方を支援しているのですが、そういう道への進み方も有効ですよね。

岩瀬先生)

有効だと思います。特に読影なら自由な時間に行うことができるので適しているのではないでしょうか。

長瀬)

女性医師からよく「健診で乳房触診を求められたが自信がない」と相談されるのですが、今触診は義務付けられているんでしょうか?

岩瀬先生)

そこの部分には問題があると思います。今我われが健診で見つけたいと思ってるのは、触らない乳癌です。触診で健診する医者と、日ごろよく触っている患者さんとどちらが正確にシコリを見つけるかというと、患者さんのほうが正確にみつけるんです。 普段の自分の乳房を知っているから当然とはいえますが。だからほんとは触診による検診などなしにして、自分でしこりを感じる人は検診ではなく最初から病院へ行ってもらうのがいいと思います。
健診で触診をやめると大きな癌を見逃すことがあるからよくないという人がいますが、これは間違っています。検診では治る癌を見つけて死亡率を減らすのが目的で、大きな治らない癌は健診で見つけてもしょうがないんです。 しょうがないというのは言いかたが悪いですけど、自治体などの対策型の検診は費用と効果のバランスをとって行っていますから、死亡率減少に寄与しない人を一人見つけるのに莫大な費用をつぎ込むのはナンセンスと考えるべきでしょう。
者さんはそれに気づいています。検診では患者さんにまず集まってもらって「ご自分の胸に異常があるという人は健診じゃなくてまずは病院へ行って下さい。」と言って、「今日は何も異常がない方だけ健診を受けて下さい」という風にして健診を始めるべきなんですね。
日本の乳がんの健診は触診からはじまりました。触診の健診だけでは不十分だという話になって触診にマンモグラフィを加えるようになりました。 触診の医者を一日拘束して一人雇うのはコストが大変ですが、同じ人数の写真を読むのにはそれほど時間がかからないため、これにはコストがあまり支払われません。これは発見効率を考えても、責任の重さを考えてもとてもおかしな現実です。 マンモグラフィの写真は残るため、そのレポートにはものすごく責任があって、半年後に癌が見つかったような場合には、「半年前の写真、レポートを見せてください」ということが起こり得ます。見直して写っていればたちまち窮地に立たされます。読影医の地位向上を訴え続ける必要がありそうです。
触診は「その時はなかった」と書いてあれば責任もないし楽ですが、経験豊富な外科医ほど触診の限界を感じているのが現実です。自信のない触診など引き受けずに精度の高い読影ができるようにトレーニングを積み、それをアピールして売り込んでいただきたいと思います。

長瀬)

乳癌はこれからも増加しつづけているんでしょうか?

岩瀬先生)

日本では罹患数も増え続けていますし、乳癌死亡数も増え続けています。

長瀬)

乳癌の治癒率はいかがですか? 再発しやすいと言われていますがどうなんでしょうか?

岩瀬先生)

癌の中では治りやすい癌と言えます。全体で7割ぐらいは治ります。早期で見つかれば9割が治ります。 癌の中では治りやすいものですけど、癌なので一定の確率で転移をおこすし、転移をおこせば命の問題にも発展するのでやはり簡単な問題ではないですね。

長瀬)

先生ご自身は乳腺外科をやっていて喜びややりがいを感じることはありますか?

岩瀬先生)

乳腺外科だから特別にということではないのですけれどね(笑)。

長瀬)

岩瀬先生は非常に患者さんからの信頼が厚くて、私の周りでも何人かお世話になっていますけれど、乳癌とか子宮癌というのは外見を含め女性の生き方にかかわってきて、メンタル面のケアが大変だと思うのですが、たとえば女性医師であれば、そのへんもわかりあえるのかなと。

岩瀬先生)

同性なので分かり合えるという可能性はあると思います。
そういうことがうまく生かされればいいですね。確かに健診に来られる人には「マンモグラフィの写真を撮られるのも女性にとってもらいたい、健診の触診も女性の医師にやってもらいたい」という要望があります。ただ、いったん癌が見つかると必ずしもそういうことを仰らないですね。 もちろん「技術のある人に」だろうと思いますが、「若い女性にはやってもらいたくありません」という方はたいてい女性ですよね。(笑)

長瀬)

それは女性医師の側にも多少問題があって、「子供が小さいから無理」とか、「主人が働くなっていうからやらない」など医師としてのキャリアを育てていくことに多少消極的になっているところもあるのかな、という気持ちもありますが」、先生現場ではいかがでしょうか?

 

岩瀬先生)

難しいのは、毎年たくさんの女性の医師が卒業してきますね。その人たちが辞めないで活躍してもらわないと国家の損失だと思います。
問題はある女性医師が結婚して子供を産んで休むと、通常その部署は欠員となることです。一人いなくても業務がまわっていくような余裕は通常ありませんから、雇う側は人数を計算できる方がよいと考えます。 小さな子供がいて熱が出て呼び戻されて帰らないと行けない、そういう女性と、そういう心配のない男性がいたときに「どっちを採りますか?」となると「そういうことがない方がいい。」という話になります。
もうちょっと内容を言うと保育所の問題ですよね。朝早くから夜遅くまでみてくれるところはそんなにあるわけではなくて、たいていは「6時に迎えにきて下さい」となりますから大変ですよね。 結局今までもそうですけど、女性が外科医を続けるためには親がサポートをしてくれなければムリ、というような感じがあります。だんだん核家族になって、親も職業をもっている人が増えていますから、たとえ親がサポートできなくても別の形でちゃんとサポートできるシステムが必要です。 病院の中に遅くまでみてもらえるような保育所があるとか、熱が出てもすぐに引き取りに行かなくてもいい保育所があるとか、そういうことは整備していかないといけないですね。

長瀬)

女性医師は益々増えているので、そこに手をうたないと医療はますます崩壊していきますよね。

岩瀬先生)

そういう人たちが家庭の中にこもってしまうことがとても問題ですが、なかなか出てこれないような、働きやすい形で雇ってあげられないような現状があるんですよね。
「出来ることだけでも手伝ってください」、という仕事はあります。週2回だけでも午後から出てきて、「これ手伝ってもらえたら嬉しいな」というのはあるんですけど、そういう雇用体系も考えも大病院にはあまりないし、大学にもそういうのはないんですよね。

長瀬)

そのへんも社会的に考えていかないと、医師側も患者側も困るので理解をもっていただきたい。
女性医師の頑張りだけでは立ち行かないですよね。

岩瀬先生)

そうですね。それともうひとつの問題は、女性でも頑張っている医師がいるということ。頑張っている女性医師は男性医師に負けないぐらい頑張っています。 結婚も子供も放棄してバリバリに頑張って、気がついたら40半ばになっている。それぐらい頑張っていないと男性と同じようにはやっていけないという現実があります。
そういう現実がある中で、「子育てで」とか「子供に熱があって帰らなくてはいけない」という女性医師がいると、その穴を埋めるバリバリの女性医師に複雑な感情が湧いたとしても理解できますね。「子育て」の彼女たちは家庭も仕事も一人前にやりたいと思っている。 ただこれを当然の権利のようにやろうとすると、かえってそういう人たちを同じ同性の頑張っている医師が冷たい目線で見る、ということが現実起こったりします。
子供の熱が出て帰らなくてはいけない、というのは当然の権利なんですけど、頑張れる時に「いつも迷惑をかけてるので今日は遅くまで残ってやるからあなたたちは先に帰って」というようなちょっとした配慮が必要なのでしょう。 実際にはそういう権利を主張する人はなかなかこうした配慮ができない人が多くて、また権利を主張しない人は続けられず辞めざるを得ないといった現実がありそうです。こういう医療の現場の考え方は変えないといけませんね。
学校の先生が代用教員というような形で産休のときにきてくれますよね。だからそういうシステムがつくれるといいなと思います。ただ専門性があるのでなかなかその代用教員のように簡単にいかないですよね。 代わりに来たからといって、同じ仕事がすぐできるわけじゃないし、その病院の施設のシステムを理解するところからはじまる訳ですからそんな簡単じゃないですよね。

長瀬)

先生は患者のことだけでなく若手の医師のことまで背負っていて大変ですね。

岩瀬先生)

私だけが背負っているわけじゃないですけど、とても大きな問題として考えています。

長瀬)

私どももなるべくキャリアを途絶えさせないようにとか、できることはサポートしていきたいなと思っています。マンモグラフィ読影スキルは、これから女性医師が進む大きなひとつの方向性と思いますので、今後ともご指導宜しくお願いします。



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