癌研有明病院 岩瀬拓士 先生【前篇】

当社代表 長瀬淑子が現在最前線でご活躍中の先生にインタビューをさせていただき、
女性医師へ向けたメッセージを掲載してまいります。
医療現場の実態、辛口のコメントなど皆様の心にピリリと響くお話が満載です。

【インタビュー前篇】乳腺外科の現状と必要スキル

長瀬)

初回をかざって今回は増加し続ける「女性の大敵-乳がん」退治に力をふるっておられる癌研有明病院の岩瀬先生にご登場いただき、女性医師の適性にもあった乳腺外科に添ったお話をお聞きします。
まずありきたりですが、岩瀬先生が医師を志された理由を教えてください。

岩瀬先生)

特別な理由はありません。医師の仕事そのものが直ちにやりがいと結びついていて、喜ぶ相手が見えるという職業に魅力を感じました。自分のまわりに病気の人がいたり家族に医者がいたりというわけではないです。

長瀬)

外科ご出身ということですが乳腺外科を選ばれた理由は?

岩瀬先生)

乳腺外科という科を最初から考えていたわけではありません。一般外科をずっとやってきて、外科も範囲が広いのである程度専門性をもって臨みたいと考えました。そんな中で、癌の外科に魅力を感じ、こちら(癌研・大塚時代)に勉強にきたんです。

卒業して6~7年経った頃、癌の中でも乳癌、大腸癌という疾患が多くなってきていたのでそういう分野にかかわっていくのがいいのかな、と思っていました。最終的には乳癌に決めたのですが、癌の病理を研究所で研修した時に乳腺病理の部門に在籍したという御縁も大きいと思います。

また乳癌の患者さんはわりと若い人が多く、女性を象徴するその部位からも精神的に悩んでいる人がたくさんいます。その意味で病気をとりまくあらゆる面に配慮して、ただ病気だけを治療するのでなく病気を持っている人全体を見て治すという臨床医としてのやりがいを強く感じました。
初めから乳腺外科を目指していたわけではないのですが、今はこの分野に進んでとても良かったと思っています。

長瀬)

乳癌が欧米に追随するぐらいに数が増えており、深刻な問題でもあると思うのでお伺いいたします。
これは女性医師用のコラムなので、女性医師に向けた話をしていただければありがたいのですが、現在、乳腺外科という分野はどういうことになっているか、ということをお聞かせ下さい。
乳腺外科では健診増大傾向にありながら、きちんと診られる医師が少ない、とも言われていますが。

岩瀬先生)

乳腺外科は、外科の一部として以前はどちらかというと片隅に追いやられたような形で存在していました。けれどもだんだんと乳癌の患者さんが増加し、治療の選択肢も多くなると、それに対する専門的な知識を持った外科医が必要となり、まわりからも要求されるようになってきました。
それまでの乳癌の治療はとても単純で、全例に乳房を全摘して、リンパを全部とって、術後はタモキシフェンというホルモン治療薬を投与してそれで終了という世界でした。手術も難しくなく、体の表面の手術なのでトラブルが起こることも少ないため、駆け出しの外科医にはちょうど良い疾患という捉え方もされていました。腹部や胸部の大きな手術の片手間に処理されていたわけです。当然患者の気持ちなどに配慮されることはありません。 現在ではどうなっているかというと、乳癌治療の新しい方法がどんどん出てきて多彩になっており、一般の外科医が消化器のついでに片手間に勉強できるような状態ではなくなってきています。それに乳癌の患者さんはインターネットなどでとてもよく勉強して来られるので、片手間では患者から出る専門的な質問に対応できないという状況がでてきているのも事実です。
そのためか、乳癌の患者さんの多くは一般の病院に行かないで、今では専門病院に集中する傾向にあります。昔は年間に300件以上手術する病院は全国に数施設でしたが、今は全国にたくさん出てきました。逆に、乳腺の専門医がいないようなところでは減少の一途をたどって、その較差が増大しているようです。

長瀬)

専門特化して病院が固まりつつあるということですね。

岩瀬先生)

特に乳癌にかかる女性が若いということもあり、そういう世代の人がネットを使って病院を探したり医師を求めたりしているようです。食道がんの70歳、80歳の人がネットで病院を探して受診することはないと思うので、乳がんは一般の疾患とはちょっと異なった特殊な状況下にあると考えられますね。

長瀬)

乳腺外科の専門医師数は充足しているのでしょうか?

岩瀬先生)

充足はしていないですね。乳腺外科の外来はどこもパンクしていて、朝から晩まで延々とやっています。あるところでは外来が終わるのに「夜中の12時を回ります」、というおかしな状況も現実に起きています。

長瀬)

その中で女性医師の数は増えているのでしょうか?

岩瀬先生)

ものすごく増えていますね。ここの病院の乳腺科に勉強に来ている医師(レジデント)の7~8割は女性です。

長瀬)

労働時間が長いというのは大変ですね。

岩瀬先生)

消化器だろうが、乳腺の外科だろうが診療内容は違いますが、拘束される長さは一緒です。労働時間は大きな問題ですね。治療に関してその患者さんの全部にかかわって本気でやるつもりならば、乳癌も楽なものではないですね。ICUで術後の呼吸管理などにつきあうことはありませんが。
例えば出産のあとに現場に復帰して乳腺をやろうという話であれば、その患者さんの診断、治療の一部のどこかを担うという形になるんでしょうね。

長瀬)

仕事の分化というのはある程度可能だとお考えでしょうか?

岩瀬先生)

そうでしょうね。それはそうせざるを得ないし、それしかできないですから。

長瀬)

健診は予防医学上からいえば非常に大事ですが、健診の分野で女性医師が活躍するということも、時間などに制約の多い女性医師には有効ではないでしょうか?

岩瀬先生)

はい、そう思います。

長瀬)

私どもにたまに相談いただくのは「専門性をどうとるか」とか、「今までたとえば別の外科をやってきたんだけど緊急の夜間の手術があって体力的に自身がない」、ということもあるんですが、乳腺外科に転科するというのは可能でしょうか?

岩瀬先生)

可能なんでしょうけど、先ほどもお話したように、患者さんは専門医をもとめているんですね。それに応えなくてはいけない。
我々も「何も出来なくてよいから、ただただ手足がほしい」ということを言っている訳ではなくて、「ちゃんとできる人がほしい」と思っています。だから健診なら誰でも出来るかというと、結局誰でもできるというわけではないんですね。現実的には適当にやっている人がいるかもしれないのですが、受診者はちゃんと読影してくれる人に読んでほしいと思っているんですね。癌をちゃんと見つけてくれるところで検診したいと思っています。それを裏切らないためには相当勉強しないとだめなわけです。大変なことですが、しかるべきところで読影などを集中的に勉強すれば、できるようになると思います。

長瀬)

数の問題なのか指導者の問題なのでしょうか?

岩瀬先生)

数の問題もありますが効率的に正しく指導してくれるというところが必要ですね。
現実問題、やる気はものすごくあるのに、「マンモグラフィの試験を何度受けてもよい成績が取れません、私はどうすればいいのでしょう?」という人がいます。
実際にマンモグラフィの検診に携わっていて、何千例というマンモグラフィーを読んでいるのに試験を受けに行くといい点数が取れないと言われる方がいるんですね。それはフィードバックがないからです。写っているものを見落としていても、一人で黙々とやってますから、誰も「見落としてますよ」と教えてはくれないわけです。即座に「見落としている」ということを指摘して、修正してくれるようなところでやらないと効率的なトレーニングはできません。
例えば見逃した人が半年、一年経って癌が大きくなって戻ってくれば、「これはしまった。あの時にしっかりと診断しないといけなかったな」と思うんですが、実際にはその患者さんが自分のところに戻ってくるかどうかはわかりません。自身の経験に基づくフィードバックにはどんなにまじめに努力しても限界があるということです。写真を一緒に見て「あなたはどう思いますか?」と聞かれ、「これは異常なしと思います。」と言ったら「それは違いますよ、ここに写ってますから、あなたはこれがうまく読めていませんね。」とその場所で教えてもらえることが大切です。
卒業したばかりで乳癌のことをまったく知らなかった人でも半年ぐらい一緒に読影をして正しく指導されれば、マンモグラフィの試験の一番いいA判定をとることができます。だから単に経験ではないですよね。絵を見てそのパターンを覚えるだけですから、正しく修正してくれる人がいればいいという話ですよね。

長瀬)

先生はマンモグラフィの技術を習得して、B判定ではなく(笑)A判定をとって世の中に貢献するという道はたくさんあると、そしてそういうことを社会が要求しているという捉え方でいいでしょうか。

岩瀬先生)

患者も社会も要求していると思います。
今B判定じゃなくてといわれたんだけど(笑)
前にもお話をしましたが、自分が検診を受けるのなら、乳癌患者100人中20人までは見逃してよい(B判定)とは思いませんよね。少しでも高い精度で漏れなくチェックしてもらえる医師を求めるのは当然ではないでしょうか。

癌研有明病院 岩瀬 拓士 プロフィール

1954年 愛知県生まれ
1981年 岐阜大学医学部卒業後、名古屋大学医学部、名古屋第一赤十字病院にて外科勤務
1987年 癌研究会附属病院にて癌の外科研修および病理部にて乳腺の病理研修
1989年 癌研究会附属病院にて外科医員
1996年 愛知県がんセンターにて乳腺外科医長
2003年 癌研究会附属病院にて乳腺外科副部長
2005年 癌研有明病院・レディースセンターにて乳腺科部長、現在に至る


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